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【レポート】3/18 エヴァ=デ・クラーク講演、トークセッション「なぜ我々はこの場所に惹かれるのか?」

2014.03.18 20:16 ‚ news > 2013

ヨルン=ビシュルーの制作発表初日に開催された『エヴァ=デ・クラーク講演 / プロジェクトブースターの役割』 『トークセッション / なぜ我々はこの場所に惹かれるのか?』のレポートです。

左:ART COMPLEX代表で大阪市立芸術創造館 館長の 小原啓渡(コハラケイト)
中:NDSM wharf財団代表の Anne Marie Hoogland(アンヌ・マリー=ホーグランド)
右:NDSMビルダーでクリエイティブプロジェクト・ディベロッパーのEva de Klerk(エバ=デ・クラーク)

今回参加した三者はともにディベロッパーという不思議な取り合わせで、三者三様にとてもエネルギッシュな人たちでした。それぞれ土地や場所に対して似た価値観を持ちながらも異なるアプローチを行う三人で、一つの質問でも切り取りの異なる回答や拡がりある展開が聞けて非常に盛り上がりのあるトークセッションとなりました。





『新しいものは今からでもお金さえあれば作れる、古い建物や場所は、時間の堆積や歴史、ストーリーがある。そういうものを一から作り出すことは出来ない。造船所は、産業という歴史的意義や価値を非常に内包している。代替出来ない価値を持つ。(小原)』

『例えば行政などとパートナーを組むにあたって金銭的な協定を作り、アーティストたちがアートで活性した土地で次に対峙する問題としてジェントリフィケーションがあるなら、逆手に取ってそこからまたアーティストに配分するシステムを作ればいい!私は今そこに挑戦している。(アンヌ・マリー)』

『私のアイディアは人々のアイディア。人々の数だけ私のアイディアになる。(エヴァ)』





ここからは、前半で行ったエヴァ=デ・クラーク講演『プロジェクトブースターの役割』の全文書き起こしです。実際に当日使われたスライドとともにご覧ください。


―まずNDSMについて紹介する前に、私の自己紹介をします。
私は「プロジェクト・ブースター」といって、さまざまなプロジェクトの立ち上げを行ってきました。元々はアートや演劇を学んでいましたが、今は古い場所や建物を活用したプロジェクトを進めています。中央ヨーロッパにおける古い建物の活用に魅力を感じて、このような世界に進んできました。

私はとても親日家なのですが、私のホームページはすでに日本人の方に翻訳していただいているので、興味があればぜひご覧ください。(http://www.evadeklerk.com/ja
本日のプレゼンは「ボトムアップ」という言葉がキーワードになるのですが、この「ボトムアップ」とは、上から言われてやっていることではなく、自分たちの手で、例えばアーティストや失業中のお母さんたちといった人たちと一緒に下から上に働きかけて、都市を開発していくことを指します。

ご覧いただいている川沿いにアムステルダムの都市があるのですが、この北部は工業地帯になっており、川を挟んでさまざまな工場や工場跡地が残っています。

今ご覧いただいているのは、この工場地帯にあるさまざまな建物の一つなのですが、ここはすでに廃業した工場(工場跡地)であったので、荒廃した場所になっていました。建物は立入禁止になっていて、誰も近寄らないような治安の悪い場所になっていました。

例えばこの下に見えている写真のビルは、私たちが ①使用許可を得て借りたものです。真ん中にあるビルは、80人のアーティストで ②お金を出して購入しました。最後のものは、 ③みんなで座り込んで占拠して勝ち取った建物です。①~③のように、様々な方法で使われなくなった建物の再活用・再利用を行ってきました。
これらの建物は、昔も今もアムステルダムのサブカルチャー文化を伝える場所として最も興味深く、魅力的な場所となっています。

1996年に、川沿いにある工業地帯の使われていないビルと力を合わせて、工業建物の組合を作りました。私は現在その団体の会長を務めております。(アイ湾沿岸工業建築組合(アムステルダム))

私たちが組合を作ったのは、政府や土地の所有者たちが古く素敵な建物があるのに取り壊しを行い、どんどん新しいものを建てようとしてきたことに理由があります。
治安が悪くなった土地に新しい建物を作り文化を流入していくと地価が上がっていくので、地価が上がった土地を政府はまた売ることが出来る。そのため古い建物がどんどん取り壊されていきそうになったので、私たちは組合を作って守りました。

このような、「建物を壊すことによって地価上昇を図る」ということに対して私たちがとった行動は、こちらの一冊の本です。

この本は、アムステルダムの都市だけではなく、西ヨーロッパ全ての都市に共通しているボトムアップ方式のプランがどういったものか書いている本です。

建物が取り壊され土地が売られていき、私たちアーティストがそこに居ることができなくなってしまったので、私たちは再び使われていない工業地帯や使われていない場所を探し求めました。その結果が、こちらに見えているアムステルダム、NDSM werfという場所です。

こちらのNDSMオランダ造船会社という場所は、1984年に日本の造船業に負けて事業を閉じてしまいました。

1984年より、この場所は放置された状態でした。当時は倉庫として使用されているぐらいで、基本的には治安の悪い「危険な場所」と見なされていました。
1999年に、私たちは今まで居た工場やビルなどから出て行かなくてはならなくなったこともあり、NDSM造船ホール再活用の第一歩を歩むことになりました。

NDSMを一時使用するためのコンペティションに、私たちは参加することにしました。
さまざまなクラウドファンディングを使えたことにより、幸いにも、失業中の母親たちや、夢を抱えたスケートボーダーなども一緒に参加することが出来ました。

この再開発の企画において持っていた哲学を紹介します。
 ① Firm and sustainable basic structure for flexible space
 ② Development by end users
 ③ Create interesting investment climate
 ④ Facilitate self(private) initiatives
 ⑤ Keywords: Organic, Co-creation, Co-investment

まずは、①活用の幅が広い色々なことができる空間のために、強くて耐久性がある建物である必要があること。そして、②開発自体はエンドユーザーが作ること。③ボトムアップはお金が無くても、自分たちでお金を集めてこられるような、もしくはお金を払いたい・投資したくなるような仕組みを作っていくこと、ということをまず考えました。
参加する人びとには、④自主的に再開発プロジェクトに取り組んでもらいたい。
最後にこれら哲学のキーワードを、⑤オーガニックであること、協働で作ること、共同で投資すること、としました。

140名が参加するこのコンペティションで勝ち取ったのは、廃墟というか、ゴミみたいな建物(NDSM)でした。実際のところ、工場跡地だったので土壌が汚染されており、屋根も無いしトイレも無い。とてもボロボロの場所を得ることが出来ました。
このような条件での引き渡しだったので、私たちはもっと団結する必要がありました。団結することは、スケートボーダーたちの夢を叶えるためにも他の参加者の願いを実現するためにも、もう少し力をあわせる必要があるように感じたからです。

2000年に、私たちが力を合わせて作ったビジネスプランの実現可能性調査のための企画書を作成しました。
実現可能性調査の結果は、『実現可能ではない』少なくとも、最初に約束していた5年以内には実行できないだろうという結論に至りました。
私たちのビジネスプランでは5年間をかけた実現で考えていましたが、建物の改修や、場を軌道に乗せていくためには、全体で3000万ユーロが必要だとわかりました。これを得るためには5年では時間が足りず、契約を5年間から25年間に変更してもらいました。
改築する費用としての3000万ユーロは、3分の2を自分たちで捻出し、残りの1000万ユーロは政府からもらった助成金で成り立っています。政府から援助を受けた1000万ユーロは、私たちが賞を受賞したりすることで工面してもらいました。
みんなこれで上手くいくと思いかけていたとき、私は一度これらの計画を白紙に戻しました。なぜなら「ボトムアップ」ということ自体が非常に重要と考えていたので、自分たちの手で作り上げるということを徹底させるためにも、今まで色々考えてきたことを全て白紙に戻してしまわないといけないなと感じたからでした。

まずは70名の人々が最初にこの造船所に移住してきました。彼らはチョークでここはあなたのところ、ここは私のところと線引きをしてデザインを始めました。

NDSMの建物は政府が所有者だったので、一緒に手を組んで再開発を進めていく必要がありました。そこで作成したのが最初の10年間を運営するための事業計画書でした。このビジネスプランには、レストランやスケートパークなど、全ての企画が詰まっています。私たちは3年をかけて実行に移せるよう計画しました。
私たちは建物を自分たちデザインし、建築家が必要なときは建築家を呼び、すべてを自分たちの手で行いました。

計画を実現するにあたり、この造船所を5つの建物群に分けました。
例えば、劇団用の場所であったり、若者を惹きつけて離さないスケートパークだったり、小さなビジネスを行えるスペースだったり。また大きなスペースについては、大きな催しを行えるよう計画しました。
これらの建物は全部で2万平方メートル、約6050坪あるのですが、すべて自分たちの手で作っています。

みんなで作ったデザインを建築家に形にしてもらった結果、西の棟が劇団のための場所となりました。今回グランフロント北館のナレッジプラザで制作発表を行ったアーティストのヨルン=ビシュルーが作業をしている場所もここにあります。

2005年には、スケートボーダーによる自分たちのスケートパークが作られました。この場所はヨーロッパの中でも有数のスケートボードパークで、世界選手権に出場した選手たちも輩出しています。

ここがアートシティと呼ばれている、120のスタジオと250のアーティストやクリエイティブな人たちを抱えるスペースの骨格となっているフレームです。単純に金属とコンクリートのみで出来ている建造物です。

これをご覧いただくと、どうして3分の2の費用を自分たちで工面できたのかがわかると思います。非常に簡潔で簡易な形をしています。

私のオフィスです。自分で作りました。

ここがみんなで作った120のスタジオや中小企業、そして250人の人たちが働いている場所です。

ここで私たちは数々の賞を受賞しました。エネルギーシステムについてはオランダ政府から賞をいただいたり、建物の再利用に関する賞をいただいたり、そして建築年鑑に自分たちのコンセプトが掲載されるなど、さまざまなものに取り上げていただきました。

こちらが失業中のお母さんたちが作ったカフェレストランです。ゴミや不要なものを再利用して作りました。

その他のプロジェクトについて紹介します。
左上がグランフロントで制作発表を行ったプールの作家であるヨルン=ビシュルーが作った、自然由来の燃料を入れたガソリンスタンドです。自然由来のガソリンを使うだけでなく、瞑想したりもできる移動式のガソリンスタンドでした。

NDSMがどんどん大きくなっていく中で、私たちは風力発電の会社を作ることにしました。
同じ敷地内に60もの企業が集まっており、MTVやグリーンピース、さまざまな会社がここで風力発電から得られる電力を利用しています。

左下の写真はNDSM内で行っているフリーマーケットの様子です。

こちらは財務状況です。
一番重要なことは、全てのプロジェクトで3000万ユーロもの費用がかかったということであり、その3分の2は私たちアーティストや人々の手で賄われたということです。


数年前に野外フェスティバルなどを行う別団体を立ち上げました。この別団体を率いるのがアンヌ・マリーです。年間12万の人が訪れ、大阪に2年前に来たロボドックなどのテクノロジーフェスティバルを開催しています。


15年前にこのプロジェクトを立ち上げようとしたときは、みんなから笑われたのですが、今ではそのときからは想像できないぐらいに成功しました。
さまざまな雑誌なども取り上げられるようになり、オランダの経済誌にも取り上げられるようになりました。現在ではオランダ以外の諸外国にも知名度が広がっています。

先ほど紹介したスケートパークは実は既に取り壊されています。これは地価が低い所をみんなで開発すると逆にそこが魅力的な場所になってしまい、他の土地所有者がより多くのお金を投資してもらえそうな所に売ってしまったためです。(ジェントリフィケーション)
今まで追い出されてしまった経験を活かして、これからは未来に向けて都市開発のメンバーと手を結び協力して新しい未来を作っていきたいと思っています。


こういった都市計画をデザインしていると私はいつもジェームズ・ボンドの気持ちに寄り添うことが出来ます。不可能でも実行できないことはない、そんな気持ちになります。3000万ユーロもの巨大プロジェクトでも、実行出来ないものではないのです。
ありがとうございました。